2025年3月1日・2日
王滝村にて「流粋暮らしネットワーク」プロジェクトとして第一弾となるイベント『カンタ!ティモール上映会と醤油しぼり」を行いました。
3月1日 カンタ!ティモール上映会
「流粋暮らしネットワーク」プロジェクト第一弾となるイベントとなる上映会は王滝村公民館で開催しました。
東ティモールの独立直後にハンディカメラで紡がれた人々と暮らしの物語。上演後は監督・広田奈津子さんによるトークとディレクターでミュージシャンの小向定さんのミニライブを開催しました。ティモール伝統の輪踊り・テベをみんなで踊り締めくくりました。参加者は村内外から訪れ46名。村に関わりのある長野県立大学、名古屋大学、京都芸術大学の学生も見に来てくれました。
夜は農家民宿&大衆酒Bar常八と王滝横丁で懇親会。常八の明日香さんが作る村でとれたお米や野菜を料理した美味しいご飯、醤油搾り師の鈴木真美さんや料理家の木村真理さんの豪華なお料理の差し入れや、参加者のお土産もあって豪勢な会となりました。
夜8時半からは東しのぶさんによる一人芝居「鬼会」を開催。盛り沢山な1日となりました。

「カンタ!ティモール上映会」は公民館・体育室にて実施
3月2日 醤油しぼり
カンタ!ティモール上映会の翌日、毎年常八で行う村民の醤油搾りを行いました。
醤油搾り師の鈴木真美さんに「カンタ!ティモール」との繋がりや醤油搾りのお師匠さんの言葉を紹介してもらい、御嶽山に手を合わせた後、1年間醗酵させたもろみを専用の舟で搾ります。徐々に透明になっていく醤油を太陽に透かしてみては味見し、丁度いいところで火入れをします。
お昼ご飯は出来立ての醤油と釜で炊いたご飯、木曽伝統の発酵食すんき、味噌汁、常八の平飼い鶏の卵と三岳で平飼い養鶏を営む木守屋さんの卵で卵かけご飯。他にもすんきのアレンジ料理や醤油のあくを生かした品々。シンプルですが味わい深い昼食となりました。
予報では雨マークも付いていましたが、一瞬小雨程度にぱらついて、あとは降られることなく一年に一回の醤油搾りを片付けまで無事終えました。

(文:近藤太郎)
ある村の可能性|王滝村編
田中常丸さんが、3月1日・2日の滞在時の映像をアップしています。
ハレの日に現れた粋な風景
ー2025年3月1-2日『「カンタ!ティモール」上映会×王滝村醤油絞り』の記録ー
プロジェクトメンバー行徳ゆりなによる、ハレの日2日間の記録です。

文責・写真:行徳ゆりな
映像源流:田中常丸
“映像源流”とは
メディア論・写真論的考察:「流域」と「流粋」の観点から
今回のプロジェクトにおける動画素材からの写真の選び出しは、「流域」という自然な水の循環や流れをモチーフに、「流用(reuse)」というメディアの再利用性、循環性を暗示しています。
動画という素材(=流域)は、静止画を内包する時間的・空間的な「源流」として機能しています。撮影者(田中常丸)が記録した映像の流れはまさに「メディアの川」のような存在です。
エッセイ担当者(行徳ゆりな)はその川の流れの中から、自己の感性によって「瞬間」を摘み取り(流用)、新たな文脈を付与し、テキストと融合させることで、「流域」という映像の流れから「流粋」という、人間同士が「粋」に繋がる精神性を創出しました。
ここで起きている現象は次のようにまとめられます:
1、「流域」としての動画撮影者の役割
映像作家(田中)が提供した動画素材は、意味や文脈を豊かに含んだ「川」として機能しています。撮影者は流域の提供者として、メディアの「循環」と「潜在的な再利用性」を創出しました。
2、「流粋」としての写真の切り出し行為
エッセイ担当者(行徳)は、この動画(流域)から「自分なりの粋」を抽出することで、新たな創造を行っています。それは「偶然性」「再文脈化」「再流通」という点で、まさにメディア論における「再流用(reappropriation)」と深く関係しています。
3、新たな作者性と協働性
本来は一人の作者が担う撮影と写真選択という役割が、今回は分業化され、共同作業として再編されています。これは「作者(撮影者)中心主義」から脱却した、新しい「共創的作者性(collaborative authorship)」のモデルとして捉えることができます。
【文責:田中常丸】